シングルマザー マイホームを買う!

国際裁判と離婚 そして自分の人生を見つけた

アメブロ記載「2、遠距離恋愛のスタート」と追記

アメブロに第2話書きおこししました〜

 

https://ameblo.jp/gotoaus/entry-12523581788.html

 

いやー当時のことを思い出して書いてみると、最初の頃って楽しかったな、と。

 

まだ、相手の本心を知らない、出会い始めのワクワク感、安心感。そんな感情もあったなと遠い目でd( ̄  ̄)思い出しましたよね。

 

振り返って思ったことなのですが、希望していた人がそばに来ただけだったよなぁと。もちろん離婚するなんて想定外でしたが、当時は夫と出会う前の大失恋の痛手で、正反対の人を願っただけだった。

その通りの人が来た。それだけ。

多分、多くを望まなければうまくいっていたのかな?

 

いや、もう一つ想定外だったのは、乾姐姐がいたことが非常に大きいです。この存在さえいなかったらもう少し結婚生活長かったかも。笑

本当に嫌で嫌で、でも、台湾に渡った後だったのですぐに日本に帰るわけにもいかず…なんとか自分でも受け入れよう、理解しようと頑張りました。

 

でも、ゆくゆく考えると、私たちの関係が大きく崩れたのはこの乾姐姐の登場が一番の理由です。

 

台湾人の女性でさえ、倦厭するこの関係。特に、乾妹妹を持つ台湾人は今でも以外と多く、”年下の女友達を異常に可愛がる彼氏を持つ女性”はずいぶん悩むそうです。

検索に乾姐姐とかけてみると、出てくる出てくる、台湾人の悩み。

 

だって、普通に考えても…

 

なんか、嫌だよねぇ。。。。どこに行くにも、ついてくる存在ってなんなのさ。

私の場合は、彼が私と出会う前に乾姐姐と出会っており、お互いに助け合った関係から彼が将来も姉さん(乾姐姐)を守ると約束していたので、後から知った私は受け入れるしかない。

「将来結婚して家を買ったら、姉さんにも部屋を用意して一緒に住みたい。」

と言った彼の言葉を「はぁ・・・・???」と疑いましたとも。

 

詳しい当時のことをもう一度思い返して、エピソードなども引き続きアメブロに書いていきますが、良く数年頑張ったよなぁ…という気持ちでいっぱいです。

 

でも、やばいこの関係と思った時点で方向転換できなかった私。やっぱり年齢がネックでした。35歳。結婚しなきゃ、、、の気持ちが強かったです。また、日本で35歳何もない私がまた1からやっていくのかという絶望感も強かったです。

 

今、自分を大事にする生き方に変えて、当時のことを思い返すと、自分を大事にしていない自分は罪悪感、無価値観、不安、自己卑下の感情にすごく支配されていたなぁと思います。

また、自分の強さを知らない。世間に流されすぎ…。

 

なんか、生まれたてで裸で社会に放り出される感覚でした。

守ってくれる物が何もない危険な社会でひとりぼっち…

それが本当に怖かった。世間がとにかく怖かったです。

周りは結婚して、幸せな家庭を作って、子供を授かって…日本に帰ったら友達とも話が合わないし、姉とも自分を比べてしまうし(姉がとても幸せそうなので)、また就職。親も心配するしなぁ…日本で目的もなく生きて行くのかぁ…と思うと、どうしても日本に帰れませんでした。

 

いやぁ、地獄だったなぁ…

 

そんなことを思い出しました⭐️

続く

 

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